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むしとりニーチェ

もうどうしていいかわかんなくてさ
ニーチェとか読んだんだ。

でも原典じゃなくて噛み砕いた図解式解説本だよ。

そうしたら、ニーチェがこういう人間が良いんだっていうモデルを提示するんだ。
大抵平時の世の中でははみ出し者とされているような人間が良いんだと言うのです。
もちろん僕にも当てはまる節があるのだ。
そして、僕はなかなか良いぞと、世の馬鹿どもには理解されないけど、ニーチェは僕のこと認めてくれてるぞと、まんまと自信を抱いてしまうわけです。

でも良く考えたら、これは多かれ少なかれ誰にでも当てはまるじゃねえかと気付くわけです。
誰だって社会の中に納まりきらない自分を感じながら、どうにかやり過ごしているんだ。
なんじゃこりゃと。

劣等感を持っている人が哲学をやると、ダメな自分を逆転勝利させてくれるような過激なメッセージを受け取りたくなるんじゃないかな。
これは脆弱です。

何となく高円寺で自意識こじらせ系の女子が「私は孤独、でもニーチェはそんな私を理解してくれる」ってファズギターで弾き語っていそうだもん(笑)。
もちろんそんな勘違いが、しばしば人を(一時的に)救うってことはよくよく承知のつもりだ。

多分ニーチェはもっとパワフルでラディカルな態度を推奨していて、もっと言えばニーチェのメッセ-ジに一喜一憂して、すがってくれるな、揺るがずに自分で立てよと言っていると思います。
俺はこうだ(ドーン)!、さあ、お前はどうなんだ?みたいな。
すると、そもそもニーチェを読まなくても別に良いし、読んでも内容には意味がないと、そう結論付けられてしまいそうなのですが・・・。
まあ本人が書きたいから書いた本だろう。
そんで僕は読みたくて読んだんだ。
そして一周回ってもう一回戻ってきたんだ。
読む前の自分とは少し違うかもしれないし、時間が流れただけかもしれない・・・。

要するに何が言いたいかというと、ニーチェを知らなくても、知っててもどっちでも良いから、胸を張って生きろとエレカシ宮本が言ってるよって事です。
そんでその宮本も、なんでももいいから、胸を張って生きるしかねえだろうとライブでみんなに呼びかけていると思います。
そんで、そんなこんなに影響されて、この文章を書いている僕も、このブログを読んでも読まなくてもいいから、胸を張って生きろと言っています。
RIMG0021s_20091031020045.jpg
すいません。胸を張って欲しいですが、ブログ読んでください。
もっとも面白くしますから。
ライブも来て下さい。次回は昼間ですが・・胸を張ってやりますよ!、オードリーの春日みたいにさ!

よしおか
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[ 2009/10/31 02:00 ] Diary Memo | TB(-) | CM(0)
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