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仙台なごみ処くもライブ後の表現に関する雑感

仙台のなごみ処くもさんでのライブを終了しました。
来てくださったお客様ありがとうございました。
呼んでくれた鈴木さん、競演の池原さん、なごみ処くもさん、ありがとうございました。

お客さんから、応援されている感じが伝わってきて、あぁそうなのか、と思いました。

1.北国
2.ちゃんばらしてる
3.都会の海
4.川のうた
5.春水中
6.平安京
7.しんきょく
EN.雨の中僕らは空を見あげていた

僕の良いと思う表現をしたつもりです。
本当にありがとうございました。

以下、ちょっと表現に関する難しい話かもしれない。

僕は、海や山や空や川や音楽や絵画や町並みや人ごみや詩や友達や女の人などから時々感じる
開放的な、全く嫌味のない、エネルギーというか気配というか、そういったものが好きです。

それを繰り返し繰り返し自ら触れてみて、漬されて、向き合う事で、いつしか、表面上は違って見えても共通のある「何か」をやんわりと把握するようになりました。

それに触れれば、いつでも、これだな!と感じるのです。

でもこれだな!と意識した瞬間そいつはもういません。

社会学などの勉強を通じて、これだ!と思ったそれが、何であるのかを言葉を通じて確かめる事が出来ます。

その「何か」を繰り返し把握して、解体し、抽象化する。

僕は時には表現者であるため、今度は自らを解体し、抽象化し、瓦礫をたしかめつつ、今の空間にその「何か」を含む表現形を再構築します。

みんなの先回りをして「何か」を含む表現形を作って待っている。

それは慎重にゆっくり間違えないように作る場合もあるし、一瞬で作る場合もあります。
音源とライブの違いです。

僕は最近その僕にとって決定的な「何か」が揺るがなくなってきています。

もう僕はその「何か」に触れるために、「何か」を出すために音楽をやるとしか思えない感じです。

だからそのつもりでいつも考えているし、そのつもりで覚悟してやりました。

バンドで聴きたいという意見も貰いますし、そうだろうなぁと思いますが、僕のこの観点からは、表面が変わるだけなので大したことじゃないように感じてしまいます。

友達からは「ハードコアだ」と言われました。

ちょっとは伝わったのだろうと、ちょっと嬉しかったです。

今回の旅は僕は友達からとても愛されているんだなぁと思いました。
ありがとう。

よしおか
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[ 2010/06/21 21:05 ] Essay | TB(-) | CM(0)
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